数学研究が自己目的化されており、数学への内的な興味のために研究がなされる。
このような数学ではいかに本質的な概念なり定理なりを得ていかに体系的な数学を構築するかが重要視されており、数学的対象を記述するのに適した概念や空間を定義したり、数学的事象をうまく表現した定理を得たりする事が数学者の主な仕事である。
一方で、美的な理由からそれぞれの分野での研究をしている数学者もいる。
彼らは対称性や直観性などその独特の審美眼を以て、数学を芸術に近しいものとみなしているのである。
数学研究が自己目的化されており、数学への内的な興味のために研究がなされる。
このような数学ではいかに本質的な概念なり定理なりを得ていかに体系的な数学を構築するかが重要視されており、数学的対象を記述するのに適した概念や空間を定義したり、数学的事象をうまく表現した定理を得たりする事が数学者の主な仕事である。
一方で、美的な理由からそれぞれの分野での研究をしている数学者もいる。
彼らは対称性や直観性などその独特の審美眼を以て、数学を芸術に近しいものとみなしているのである。
ノーベル賞ともいうべき国際的な賞。
その名称は、この賞を設けることを提案したカナダ、トロント大学の数学科教授であったフィールズJohn Charles Fields(1863―1932)にちなむ。
フィールズはトロントでの第7回国際数学者会議(1924)の開催に尽力したが、その後、「数学のために著しい貢献をした数学者に対して金メダルを贈る」「その賞は世界の数学者を対象とし、過去の業績に対する表彰ばかりでなく、それ以後の研究に対する奨励でもある」という提案を行った。
この提案は、フィールズが死去した1932年の第9回国際数学者会議で受け入れられた。第1回の受賞者は第10回国際数学者会議(1936)でのアールフォルスとダグラスJesse Douglas(1897―1965)で、以後は4年ごとに開かれる国際数学者会議で授与されることになっていた。
しかし第二次世界大戦のために中断し、50年に第2回の授与となった。
62年までは受賞者の数は2人であったが、64年からは2人以上、4人以下となり、受賞者の年齢は原則として40歳までとされる。
受賞者のなかには、カタストロフィー理論の創設者R・トム(1958受賞)、代数幾何学に革命をもたらしたグロタンディエク(1966受賞)、ポアンカレ予想を解いたスメールStephen Smale(1966受賞。1930― )らがおり、日本の数学者では1954年(昭和29)に調和積分論の研究で小平邦彦(こだいらくにひこ)、70年に代数幾何学の研究で広中平祐(へいすけ)、90年(平成2)には森重文(しげふみ)が受賞している。